あの子のことをしゃべりたいの

今日も今日とて メラメラ、ぎゅん

五月の不眠〈不完全燃焼な七日の夜〉

全ての始まりは4月20日の夜のこと。眠たい、疲れた、もう動けない。典型的なゴミ人間のワルツを奏でる私がいつものようにTwitterをぼんやり眺めていると、あるツイートが目に留まりました。

え、えっ……

YATTA-A-A-A-A-A-A-A-A

嬉しい。本当に嬉しい。心の中で何度も垂直跳び。何度も反復横跳び。暴れ出す心の中のサンシャイン池崎。ついに彼の番が来たのです。

こんなことを素で思ってしまうくらいには眠気で頭のネジが数本外れていたけれど、嬉しいことに変わりは無くて。”嬉しい”以外の表現方法が見つかりませんでした。

毎月他の関ジュ、特に他の7人が次々とラジオに呼ばれていく中で「へ〜!おめでとう!」という気持ち2割、残りの8割が「で、古謝くんは?」だったことは事実。よくわからない焦りを感じていたのも事実。でも決まってしまえば、正直順番なんてどうでも良くなっていました。また一つ、彼に仕事が決まったのだから。

過去のラジオ音源やスパノバのワンフレーズのソロだけではもう足りません。声が聴きたい、古謝くんの話し声が聴きたい。話すときのトーンとかペースとか、癖とか間の取り方が知りたい(非常に気持ちが悪い)。

これを機に、古謝くんの活躍の場が広がって欲しい!!

そう思いながら該当担の方々と日曜日を心待ちにしていた三人のとれ関も、5月の終わりを告げるようについこの前終了してしまいました。始まる前はあんなにも待ち遠しくて、たったの一週間弱がとても長く感じて。それなのに始まってからの四週間は驚くほど一瞬で、あっけなくさらさらと過ぎていったように思えます。正直、放送事故の半歩手前なのでは?とヒヤヒヤすることも多かったのですが、先輩から後輩二人への有難いお仕込みあり、三人の独特な空気感から生まれる笑いあり、もちろん ちゃんときゅんとさせてくれるポイントもありの、胸焼けしそうで、でもその濃度がクセになってしまいそうな15分間。感情が忙しく強烈で鮮烈だった四週間を、私の勝手な感想文を添えて備忘録程度にまとめてみました。

 

【2017.5.7】

  • 司会 : 浜中文一くん
  • トーク : Myojo6月号について ①文一くんと龍太くん ②めっちゃ笑顔で自転車乗ってる小島くん ③カリスマジャニヲタ古謝くんによる、関ジュに歌ってほしいジャニーズ曲 ④関ジュの相関図
  • エンディング曲 : 夜の海 / 堂本光一
  • 甘いおやすみ : 古謝那伊留くん

 「今月の担当はやばいな」

全リスナーの総意を代表した文一くんの一言から始まった、やばい匂いが漂いまくっている5月7日。ラジオに不慣れな後輩二人のトークをまわすことに終始必死な文一くん、あまり接点のない大先輩を前に 必死に古謝くんの後ろをついていく小島くん、そんな二人に挟まれてあたふたする古謝くん。まるでクラス替えをしてから一週間と二日目の教室を覗いているような空気感でした。 

〈(レギュラー化してから)初めてのとれ関出演はどう?と文一くんに聞かれ〉

「いやもう…最高っすね」

日誌や雑誌のインタビューなど、ポジティブな感情を”最高”というワードで表現しがちな古謝くん。とれ関出演おめでとう!愛おしさ満点、最高っすね。ちなみにこのあと、文一くんから「最高な感じ全く出てないけどねぇと静かにつっこまれておりました。緊張して顔が強張っていたのかも…?

文一くんが話している間は、研修期間中の新入社員のごとく歯切れの良い「はいっ」を連発していた古謝くん。そんな先輩に置いていかれないよう、小島くんも必死に「はいっ」で着いていきます。

〈①文一くんと龍太くん〉では勝手に一人で喋り出し(一人で喋りきったあと、謎の空気に耐えきれず「あははっ(笑)」と笑って誤魔化す)、文一くんに「勝手に仕切んのやめて」と怒られて(指摘されたあと秒で「はいっ、すみません!」と謝る素直さ)いましたが、〈②めっちゃ笑顔で自転車乗ってる小島くん〉では、上手い言葉が出て来ない小島くんに「なんかないの?」「なんかこう…裏話とか」と後輩のフォローにまわる先輩っぽい一面もありました。声を聴いただけで割とウワァ〜(ラジオに向かって合掌)となる私でしたが、その中でもウワァ〜度が高かったのはこの二つです。

《1.カリスマジャニヲタ古謝くんのカリスマっぷり》これは彼の選んだ曲がどうとかいうことではありません。喋り方が完全にヲタクだったのです。というのも、文一くんの話に勝手に転がり込んでくるくだりだったり小島くんをフォローするくだりだったり、基本的に古謝くんは恐る恐るお邪魔しまぁす…というスタイルでそろりと話し始めるのですが、〈③カリスマジャニヲタ古謝くんによる、関ジュに歌ってほしいジャニーズ曲〉のときだけは合鍵を使って何も言わずに部屋の中に上がり込んでくるかのごとく、スンッと話し始めるのです…!

さっきまで上手くトークが続かず沈黙に困れば「ふへへっ(笑)(声6:吐息4の笑い声)」と笑って誤魔化していたのに、誰も何も言わなくてもペラペラペラペラ話し続けるではありませんか…!!それも興奮気味に話すのではなく、理性をしっかり保ったまま、的確に、少し前のめりに、関ジュのメンバーに合いそうな曲を当てがっていく古謝くん。職場の飲み会で「○○さんの好きなジャニーズはどんな人なの?」と聞かれたときの私を思い出しました。さすが21年間ヲタクでいらっしゃるだけあります。冷静、的確、前のめり。彼はジャニヲタのカリスマです。

 《2.古謝くんにしては珍しくサクッとキレのあるツッコミ》古謝くんといえば「ちりこでええやん(ジャニーズWEST桐山くん)」「ちりこ…!」「サメジマくんやっけ?(ダイアン西澤さん)」「サ、サメジマ…?」という、飛んできたボケを真上に上げるだけの生ぬるいツッコミが(私の中で)有名ですが、今回は違います。

〈④関ジュの相関図〉で俺に向かってる矢印少なすぎやん!小島なんでやらんかったん俺に!とお怒りの文一くんと「人数制限がありまして…(半笑い)」と弁解する小島くん。そんな二人の間を縫って、古謝くんがそろりと動きます。

「うーん…まぁ一個気になったのが、誰ひとり僕に矢印を指してないっていうのが…」「んん?」「僕もう、矢印が一個も…」「古謝は、」「僕ねぇ、矢印一個も無いんすよね。来てないんすよね僕に」

実にシビアな爆弾を置いてくれちゃった古謝くん。そして、その爆弾を終始半笑いで静かに見つめている小島くん…!

「古謝は居ったんや?」

 なんと最年長、古謝くんが置いた爆弾を素手で持ち、近くの用水路に放り込んでしまいました…!先輩のぶっ飛んだ爆弾処理方法に刺激を受けたのでしょうか。次の瞬間古謝くんが繰り出したツッコミがこちら!

「居ましたよ!居ましたよちゃんと!」「文一くんの下ですよ さらに!」

ウッワァ〜!!古謝くんがそこそこキレのあるツッコミをしている〜!彼の勢いのあるツッコミを聞いたのはまいジャニのスポーツ大会の反省会以来(というかあれはツッコミというよりただのキレ芸)。”文一くんの下ですよ さらに!”とツッコミに倒置法を使ってくるあたり、センスが光っていました*1

なんだかんだありましたが、文一くんの頑張りのおかげでなんとかエンディングまで辿り着きます。

「はいっ、エンディングの時間でーす。ばいばーいっ」「(声7:吐息3の笑い声)」「(無言)」

疲れて気が抜けてしまっていたのか、先輩のボケをスルーしてしまった二人。古謝くんの誤魔化しの笑い声だけが聞こえてくる一秒ちょっとの時間が、私的に富士急ハイランドのええじゃないか*2に値するくらいにはスリリングでした。

最後は該当担様お待ちかねの甘いおやすみのコーナー。私はくじを引く前からなんとなく古謝くんが当たりを引く気がしていて、ドキドキしながら全神経をスピーカーに集中させていたのですが…

「今日は、俺と一緒に寝ようぜ?」

待て待て待て待て、眠れねぇ!!

眠れねぇ理由① : 謎にお堅くて甘さ控えめなセリフ  真鳥くんのようなR18なセリフが出てくるとは思っていなかったし、丈くんのようなリアコみ溢れるおやすみが聴けるとも思っていませんでしたが、これは予想の斜め上をいったおやすみでした。糖分…糖分が、ほぼ無い…。不思議なお堅さを感じたのは、きっとセリフが関西弁ではなく標準語だったからだと思います。古謝くんはかっこよくキメようとすると標準語で話しがち。彼が標準語で何か言うたび、”頑張ってキメようとしてるのかなぁ…”なんて可愛く思えてしまいます。かっこつけようとしてくれているのに申し訳ない。古謝くんの甘いおやすみは、森永のマリー*3くらいにしか甘くありませんでした。でも、ああいう素朴なかんじの甘さ、私は嫌いではないです(結局)。

眠れねぇ理由② : おやすみが無い  一番の理由はこれかもしれません。独自のセリフを言うことに全力を注ぎ過ぎてしまったのか、一番重要な「おやすみ」が無い!それはわざとだったのか余裕が無かったからなのか、私には知るよしもありませんが、とりあえず”おやすみ”という言葉を言ってくれないとおやすめる気がしないのです。

放送終了後、ハッシュタグのツイートを覗いてみると色んな意見がありました。単純に”ゆるいラジオだった”とか”謎メン”などの感想や、”○○くんの声が聴けて嬉しかった!” という同志の方の感想もありました。その中でいくつか目についたのが ”トークが下手” という感想。確かにテンポの良いトークでは無かったし、聴いているこっちまでヒヤヒヤする場面もあり、正直聴き心地の良いものでは無かった。でもちょっと待って欲しい。ただのモンペと言われても仕方ありませんが、そんなことは当たり前だと思ったのです。大先輩を前に一生懸命トークに着いていこうとした小島くん。それは入社2年目のぺーぺーな社員が社長とサシでご飯を食べに行くようなもの。私だったら無理です。トークコーナーに出る機会があまり無かったり、ラジオの出演回数も多くはない古謝くん。彼は真面目だから先輩が話し出せばしっかり相づちを打ちながら聞くし、ラジオなので見えませんが、きっと体ごと文一くんの方を向いて聞いていたのではないでしょうか。確かに「はいっ」が多過ぎたけど!ほぼ相づちだった気もするけど!

多分本当の古謝くん(本当の古謝くんなんて知らないけど)ってもっと面白いはずなのに。一緒に出るメンバーが違ったらもう少し肩の力を抜いて話せていたのかな。そんなことを考えていたら全然眠れなくて。自担がラジオに出たごときで何を思い悩んでるの!?と鼻で笑う自分もいたりするのですが、たかがラジオ、されどラジオ。一瞬一瞬が勝負なこちらからすれば ”されど” ラジオなのです。もっと出来たのに、と勝手に一人で悔しくなってしまって。

不完全燃焼な一週目の夜、私はあまりおやすめませんでした。

*1:本人はそんなこと微塵も意識していなかったと思いますが

*2:富士急ハイランドにある、総回転数世界一のローラーコースター。ちなみに足はブラブラなので踏ん張りもきかず、宇宙空間に放り出されたような不思議な感覚に陥るらしい

*3:森永ビスケットの一種で、甘さ控えめかつ少し硬めな食感のビスケット

乱設する沼 暴発するリアコ、迷走する担当②

注:色んな関ジュのお名前が出てきます。不快に思われる方はここでUターンをお願い致します。

 

そもそも、大橋くんにしろ大晴くんにしろ、彼らの周りには目移りしてしまう対象が多過ぎるのです。

私「待って朝田くんってキメキメ系かと思っとったのに実は日本語下手くそとかハァァ…。ってかそんなことより赤トリオの空気感凄い好きなんやけど、もう一人のベースしてる方は誰?Rhen?存じぬ…レヘンさん普段はDK達といらっしゃるんすね…。なに?福福大吉お問い合わせ?あ、いおとわせーか(笑)うそ、昔ネンチー(知念くん)にそっくりやった石澤くんめちゃくちゃかっこよくなってない!?アッッ、真鳥くん……(トゥンク)」

こんなかんじで沼に足を滑らせ、頭を打ちつけまくり胸きゅんレーダーが壊れてしまっていた私に、一番の理解者・妹から喝が入ります。

大橋は?福本大晴は?ってかお前クソDDやんけ!!」

本当にその通りでした。自担だけを一途に見つめていた私はもうどこにも居らず、というかそれ以前の問題として”担当を名乗りたいとはっきり思える存在”がどこにも居らず。山田担大西担という看板は一応出しているものの、 心は亡霊のように関西の沼地でふわふわ飛びまわっていて、もうどこにもありません。気づけば私は、担当不明な三週間を過ごしていました。

私を取り巻く環境の激化がピークに達した、去年の9月下旬〜10月上旬。根暗で陰気な私なので、何か見上げる存在がないとすぐに俯き、そのまま立ち上がれなくなってしまいます。胸きゅんレーダーは使いすぎて壊してしまったし、泡風呂もウォータースライダーも最高に楽しかったけれど、疲れてしまった。

もう安定したい、落ち着きたい……そう思ったとき、ふと頭に浮かんだ人。私が大号泣してしまった、あの日誌を書いた彼でした。

 

③古謝担生活(仮)

私は古謝くんに対して無知で無防備、そして何より無関心でした。流星くんを好きになったin大阪2015を見て以来、彼のイメージは「こっこっここっ(略) こっじゃないるぅ⤴︎⤴︎」などと言っては(向井くんに)蹴飛ばされたり、(大橋くんに)スルーされたりする”いじられキャラ”。マイクを持って一言喋り出せば「え?なんて?」とスタジオ総ツッコミで滑舌をいじられるナメられっぷりです。そんな彼にこれといった感情はなく、『Darkness』で西畑くんをリフトしている姿を見たときは「あぁ、彼っぽい役回りだな」と変に納得していました。

そんな彼に対する認識がガラッと変わったきっかけが、古謝くんが書いた”かんじゅ日誌”、通称”古謝日誌”です。私は本当に彼の何も知らなかった。想像以上のジャニーズ愛の深さ、周りの人に対しての謙虚で真面目な姿勢、そして内に秘めている熱い何か。

文面から伝わってきた古謝くんの何もかもが想定外で、真面目さや優しさが詰まった文章を読んでいるうちに涙が止まらなくなっていました。

古謝くんの印象が180°変わったからといって、それ以上に私の中で彼に対する何かが変わったということはなくて。その後泡風呂やらウォータースライダーに突き落とされ、私は担当不明なあの季節を謳歌していたわけです。

彼に足を滑らせることはきっとないだろうと思いながらも、少しずつ古謝くんのことを調べていくことにしました。過剰摂取しすぎてしんどくならないようにゆっくりゆっくり、古謝担生活(仮)のスタートです。以前 桐山照史くんが言っていたように、知れば知るほどクセになる魅力。もっと知りたいもっと見ていたい、その気持ちに比例して増えていく古謝くんの画像。

暑い!暑苦しい!私、こんな暑苦しい顔好きじゃない…のに!!!(盛大に失礼)

全くもってタイプではなかった温暖高気圧な古謝くんのお顔(言い方)はいつのまにか、春夏秋冬ずっと見ていたい顔になっていました。

 「よかったら来る…?ゆっくりでええで」

そう言われて手を引かれ、足から静かに入った私。休憩がてら上がろうとすると、

「上がるん?」

控えめな口調ながら、握られた手にはきゅうっと力が入り 、上がらせてはもらえません。そうです、私は古謝くんという温水プールに入ってしまったのです…!

足を滑らせプールの中に落ちていったわけでもなく、割と自然に自分から、なんならプールの授業で中に入る前にお腹とかに水をかけるアレ(古謝日誌で号泣)をしたりして、苦しむことなく温水プールの住人になった私。

ここは心地良いし、彼のことをもっと知りたいし、何よりも、彼の努力が報われて、世界中の誰よりも幸せになってほしい。こんなにも人の幸せを願ったのは初めてでした。

カメラロールの南国化現象、二年前からずっと同じだった携帯のロック画面がついに変わったこと。

【携帯の容量を惜しげなく捧げられたら担当認定】この謎の定義にも後押しされ、私の心は完全に決まりました。

古謝担生活(仮)〈完〉

 

もう(仮)なんていりません。

泡風呂でヘラヘラしたりウォータースライダーでワクワクしたり。楽しみながらももがき苦しんだ約一ヶ月半の担当不明な迷走期を経て、私は無事、古謝那伊留くんを担当にさせてもらうことに決めました。

 

関西沼の深さゆえ、色んな人に目移りしてしまったり担当がなかなか決まらなかったり。そのことで悩まれる方もいらっしゃると思います(いらっしゃらないかもしれませんけど)。私はだいぶ悩みました。

けれど私はその渦中に巻き込まれるまで、俗にいう掛け持ちやDDと名乗られる方々が羨ましかったりもしました。視界が広ければ広いほど、人生はきっと楽しい。嫌いなものが多いよりも好きなものが多いほうが、断然幸せ。ただ単に愛の容量が大きいだけです。

大橋くんと大晴くん、Funky8とDK、関ジュの代表的な二つの沼にはまったことで、自担マルチアングル型ヲタクだった私の容量も、少しは大きくなったはずです。

ちなみに現在イチオシの関ジュは、

  • 島健くん(存在が宇宙)
  • 川北翔くん(どことなく感じる古謝くんパッション)

 …と二人とも古謝くんが可愛がっている後輩ですが、理由が何であれ、私の視界が広がったことは間違い無し。

 

温水プールの主さんは常に潜水していて、そのことを愉快な仲間達からネタにされがち。けれど、いじられたあと にちゃ〜っと笑う顔が最高に可愛いです。f:id:CO4:20170409000753j:image

 古謝くんを好きになって本当によかった〜!

 

乱設する沼 暴発するリアコ、迷走する担当①

注:色んな関ジュのお名前が出てきます。不快に思われる方はここでUターンをお願い致します。

 

 f:id:CO4:20170407032733j:image

人生で初めて保存した、現在の自担・古謝くんが写っている画像。最初に断っておきます。これだけかっこよくでかでかと古謝くんが写っているこの画像、保存した動機は古謝くんにありませんでした。

 

元担やその周りの浮わついた雰囲気と溢れかえる汚い情報に呆れ傷ついたあの頃、「もうええわ、浮気したるからな!(怒泣)」と逃げ込んだのが、流星くんが居る関西ジャニーズJr.です。

私は完全なる自担マルチアングル型のヲタクだったので、まいジャニを見ても流星くん以外のメンバーのことはほぼ眼中に無く、関ジュに関する知識はとても浅はかなものでした。そんな私が関ジュのみんなを知ろうとするきっかけになったのがJohnny’s web内での彼らの連載、かんじゅ日誌です。

本人達が綴った文章を読むことは、クラスの男子が書いた学級日誌を読んでいるときの感覚と似ていて。私が知らなかった常識や意外な一面が見えたり、色んなことで心身ともにボロボロだった私が号泣してしまうほど心に響いた日誌もありました。

その中で一番最初に気になったのは、向井康二くんの日誌に登場した”所持金400yen”の彼でした。

 

①大橋担生活(仮)

私「所持金400yenってwwwしかも円じゃなくてyenwwwワロッツァwwww」

普通この場合、yenという表記をセレクトした向井くんに目を向けるべきでしょう。しかし、私の興味の方向は何故か所持金を暴露された大橋和也くんへ。少し前、リア友の大橋くんブーム到来を横目に見ていた私は、少し大橋くんのことを調べてみようと思いました。Twitterの中を検索するのは百害あって一利なしだということを元担案件から学習した私は、ファンの方が書かれているブログを渡り歩いて情報収集をすることに。

そこで仕入れた情報の中で特に印象深かったのは、

  • 私と同世代(97年組)
  • Funky8の最年少
  • 顔可愛いのにダンスゴリゴリ

この三つです。

その三つの中でも一番驚かされたのが、私と同い年だったということ。年下だと言われればそれっぽいし、年上だと言われればその可能性も無くは無いかなと思わせるような、年齢の読み取れないルックス。キラキラアイドル枠の方って、割とそういうルックスの方が多いと思うんです。山田くん流星くん、からの大橋くん。私ってこういう見た目の人が好きなのか…と謎の自己暗示にかかり、大橋くんが単独で写っている画像を1、2枚保存してみました。

Funky8に誰がいるかさえも知らないまま、取り急ぎin大阪2016を大橋くんにスポットを当てて見返すことに。物凄く楽しそうに踊る大橋くん、その姿はまさにキラキラアイドルそのもの。可愛いな、大橋くんって可愛いなぁ…心穏やかに一週目を見終わり、二週目に突入したとき事件は起こりました。

例の8人組、通称Funky8のパフォーマンス『FOLLOW』での衝撃。

これが”顔可愛いのにダンスゴリゴリ”の大橋くん…!

私はめっぽうギャップに弱いです。流星くんのときと全く同じものを感じました。危ない、もう沼の淵まで大橋くんに追い詰められている、と。

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エッッ、どうしよう大橋くん同い年なのにめちゃくちゃ可愛いし、かと思ったら物凄い身体大きく使って踊るし、顔に似合わずハスキーな歌声だし、エッ、私…(挙動不審)

 身体を大きく使い、力強く圧倒的に踊る大橋くん。動揺を隠しきれません。

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おもてなし隊での古謝橋(別名:心配コンビ)の漫才にて。「大阪の名所って……」と古謝くんが話している間、「うん、うん」とずっと相槌を打ち頷いている大橋くん。ボケへの助走途中、相方の話に相槌を打ってにこにこ頷く、そんなツッコミ担当がどこの芸人養成所に居るでしょうか。

あゝ大橋くん……!(頭抱えてしゃがみこむ)

「入ってみる?…うん、うん、まぁ片足だけ入れてみよ!」

試しに片足だけ入れてみたはずが、

いぇーい!(無邪気な笑顔)」

…的なノリで、いとも簡単に大橋くんという泡風呂に落とされてしまった私。過去のまいジャニや少クラを見返し、大橋くんを見漁る大橋担生活(仮)が始まります。精神的にも身体的にも病める日々が続きましたが、彼を見ているときだけは本当にヘラヘラしていました。ニヤニヤというよりヘラヘラ。初めて泡風呂に入ったかのような気の浮きよう。とにかく、可愛くて可愛くてかっこよくて可愛いキラキラナインティーン、そんな大橋くんを知っていくのが楽しくてたまらなかった。

画像も色々なところから漁ってはパラパラと保存していましたが、一日に3枚以上保存することはありませんでした。

 何故か私は携帯の容量に関して物凄くケチで、”自担以外のアイドルの画像は保存しない&必要があって保存しても即消す”という面倒くさいマイルールがあります。

山田くんや流星くんのように本当に好きになってしまったとしたら、容量も惜しげなく捧げられるはず。そんな謎の定義を掲げながら、私は自分自身を試していました。結局、15日間ほどで保存した大橋くんの画像は7〜8枚程度。担当と呼ばせてもらうには、まだまだ気持ちの入りようが生温かったようです。

自担マルチアングル型ヲタクの私でしたが、大橋くんのおかげで”色んな人に目を向けてみるのも悪くない”と思えるようになりました。

もっと色んな関ジュのことを知りたい。私は一度、泡風呂から上がることにしました。

大橋担生活(仮)〈完〉

 

次は誰に着目しよう。そう思いながらまたまたin大阪を見ていると、”立ち位置がどこだろうがお構いなし”精神で、とんでもない存在感を放っている人がいました。凄まじい勢いで一発芸を披露したあと「……満足です」とはにかみながらフレームアウトしていった、あの彼です。

 

②福本担生活(仮)

バンザイ夢マンサイ!』を踊ったDK達が、次の曲『待ったなんてなしっ!』が流れ始めると同時にはけていくシーン。

私「えっやばい何事、何あの人wwwww」

最高にクレイジー(褒めています)な動きを繰り出しながらはけていく人が一人。その動きには単に”目立ちたい”だけではなく、”一秒でも長くカメラに映って、少しでも自分を知ってほしい” そんな思いが詰まっている気がして、思わず巻き戻し、もう一度彼に注目してみました。

私「やっっばwwwwっばぁwwwwww(笑いすぎて言葉にならない)」

母「あ〜!この子、”オレオレ”の片割れやん!!」

母が言う、”オレオレ”とは。

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 in大阪2012で”あたりまえ体操”を披露していた二人、福井宏志朗くんと福本大晴くんのことです。一際目を引く動きと表情ではけていった関ジュの正体は、大晴くんでした。

私「…あ……?でっか、おっきなったなぁ…」

母の前で言ったこんなニュアンスの独り言。”おっきなったなぁ”のあと口に出してしまいそうになった率直な感想”かっこよくなったなぁ”に少し気恥ずかさを感じ、喉まで出かかっていたその一言はグッと飲み込みました。

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これが、

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こうです。

 嘘やろ、そんなイケメンなっとんのにまだ面白いこと全力でやってんのォォ!!(海老反り)

これも一種の成長期マジックだったのでしょうか。そこそこかっこいい容姿を持ち合わせているにも関わらず、全力でウケを狙いにいくその姿勢。『Darkness』で魅せられたシャカリキなダンスと、今までに見たことのない真っ直ぐな眼差し。Twitterでよく目にしていながらわかっていなかった”あの言葉”の意味を、身を持って知ります。

大晴くんは、”リアコ”…!(赤面)

「なぁ、一緒に来てくれへん?…一回だけ(真剣リアコフェイス)」

一回だけ、そのつもりで着いていったのに、

「ばり楽しい!もっかい行こや!!(眩しすぎる笑顔)」

…ってなかんじで、軽率に大晴くんというウォータースライダーにハマってしまった私。ファンの方のブログを渡り歩き、大晴くんを知るたびときめきが止まらない福本担生活(仮)の始まりです。馬鹿の一つ覚えのごとく”リアコ”と連呼する私は、Twitterの某有名妄想タグにも手を出し始めました。8割方が女子だった高校時代には経験出来なかった胸きゅんを、疑似体験する毎日。ワクワクとドキドキが止まらない日々を駆け抜けていました。兎にも角にもリアコ。大晴くんからは、DK達の中で一番青春の匂いがします。

さて、自分自身を試すために掲げた謎の定義、【携帯の容量を惜しげなく捧げられたら担当認定】についてです。保存した大晴くんの画像は一週間で4〜5枚程度。一日に1枚保存するかしないかでした。

気持ちが滅入ってほとんど笑わなくなっていたあの頃の私をお腹が痛くなるまで笑わせてくれた彼には、本当に感謝しかありません。けれどやっぱり、担当と呼ばせてもらうまでには気持ちが達していなかった。

あのワクワクとドキドキ感は、楽しくも疲れるもの。擬似青春は思ったよりも気力と体力を消費します。これでは心臓がもたない。私の気力と体力が回復するまで、ウォータースライダーは滑らないことにしました。

福本担生活(仮)〈完〉 

 

初めて自担以外に目を向け、知っていくことの楽しさを知り、少しずつヲタクとしての視界を広げていった私。短期間のうちに色んな種類の沼を体験した私は、各沼で次々に暴発する”可愛い”と”かっこいい”、そして元担には感じたことのなかった”リアコ”にフラフラで。

自分が今、どこの沼に居るのかもわからなくなってきました。

担降りまで数メートル

 「お前は誰かに担降りする、年内に絶対降りる」

家族としてもジャニヲタとしても一番の理解者である妹にそう予言されたのは、私の気持ちが元担から少しずつ離れ始めた頃のことでした。

私はこのとき、妹に何も言っていませんでした。元担への熱が底をつきかけていることも、初めて元担以外の人を見て元担に抱いた感情と同じ感情を抱いたことも。さすが、誰よりも近くで私のことを見ているジャニヲタは違うなぁと思いました。

5年間の山田担生活(夢を願ってね - あの子のことをしゃべりたいの)のうち、最後の約半年間ほどは山田くんと大西流星くんの掛け持ちを名乗り過ごしていました。

流星くんを好きになった動機はミーハーかつ不純なもの。存在を認識してから「この人のことも担当にしたい!」と思うまでには少々の時差がありました。人間界に不時着してしまった天使のような流星くん(当時小6)と、in大阪2015でキャリアも歳も離れたお兄さん達に紛れて”BIG GAME”を踊る流星くん(当時中2)。約1年半の間に生じたギャップに衝撃を受けます。彼は可愛い顔をしたまま、後ろから私を思いっきり沼に蹴落としました。初めて山田くん以外の男性アイドルに目を向けた瞬間。度重なる就職指導と文化祭の準備にフラフラだった私は、まんまと流星くんの成長期マジックにかかります。

担当と名乗りながらも、山田くんに抱いていた感情と流星くんに抱いていた感情は全く違いました。山田くんのことは信用しているし、信用しているからこそ腹立たしいこともありました。上手く言葉に出来ませんが一言でまとめると、私は責任に近い重たいものを背負いながら山田くんを応援していました。

それに対し、流星くんには物凄く無責任。とにかく可愛いの一心で、ストレスフリーに沸き散らかしていました。今思えば、”担当”というよりも”推し”の感覚に近いものだったのかもしれません。

初めて見た少クラがin大阪だったこともあり、関ジュのことはぼんやりとではありますがずっと見ていました。該当担の方々が飛び上がるような大躍進も春が嫌いになりそうな悲しいお別れも、ずっと遠くから見守っていました。7WESTが6人でなくなってしまったときは、無関係なはずなのに本当に悲しかった。

東にしろ西にしろ、Jr.担には絶対ならない・なりたくないと思っていたし、関ジュのことは”ちょっと顔の良いお笑い集団”という認識だったので、流星くんを好きになったときは「人生って何が起こるか本当にわからないなぁ」と他人事のような気持ちでいました。

 

数ヶ月後、何が起こっているのかわからないほど色んな沼を渡り歩いていることも知らずに。

 

夢を願ってね

 6年間の思い出にそっと蓋をするつもりで、久しぶりにブログというものを書きます。

元担という存在。そんなものができる日が来るとは微塵も思っていませんでした。一年前の自分に言ったって、きっと信じません。

彼はいつだってどこでだって一番で、ありえないほどの輝きを放っている人。私はそんな彼のことを”人間に一番近い神”だと思っていて、天体観測をするかのように毎日眺めてきました。

 ”美しい”という言葉が一番合う容姿、その容姿にぴったりな甘い声。

そこから想像するイメージに反して意外と悪い口。やたらとしたがる”俺、ガキの頃やんちゃだったから”アピール。

無駄に高い女子力、高所恐怖症、閉所恐怖症、先端恐怖症。

常に限界を更新しようとする、自分に対してどこまでもストイックなところ。

センターという立ち位置を背負い、その意味を理解し、誰よりも何よりもグループを大切に守ろうとしているところ。

仕事に対する、真面目で一本芯の通った姿勢。過去の経験から培った、弱者に寄り添える優しさ。たまに見えてしまう脆さ。

 

強くて優しいライオンみたいな人。

 

そんな元担のことを知ったのは「探偵学園Q」のスペシャルドラマでした。実は今、私がヲタクとして名乗っている名前は、そのドラマでの彼の役名「天草 流」からきています。(その当時、彼のことは眼中にもありませんでしたが)

そこから、コート上でUMPを歌ったバレーボールの中継(そのときメンバーの一人を見て、ジャニーズは女の子が入っても良くなったの?と母に聞いた)、スクティー(「ブザマだ…」が私の中で大流行)、左目探偵(主題歌の地味過ぎるサビの振り付けに食いつく)…などと、好きでもないのに結構な割合で元担の活躍の場を目にしてきました。

好きになったのは中1の夏、きっかけは仕事の関係で父が持って帰ってきたとあるドル誌。NYCのページの1カットを見て、突然「私、この人のファンだ…!」と強烈に鮮烈に心を奪われました。

好きになったのは顔でもダンスでもなく”雰囲気”。彼の話をすると「面食いだね〜」なんて言われることも多く、「別にこんな濃い顔好きじゃなくて…」と言うたび周りの人を驚かせてきました。(ちなみにお顔、スタイル、ともに世界一タイプなのは菊池風磨くん)

顔も身長も、好きになったのは自担だったからなんだろうな。こんなクソ寒い恋愛ポエムのようなことを今もふと思います。

元担から心がどんどん離れていったのは今年の夏、つい数ヶ月前のことでした。少し浮かれたかんじのグループの雰囲気と、今までと少し変わった楽曲の曲調。

グループが結成されてから9年の月日が流れ、メンバーが全員成人し、いつまでもアイドルっぽく可愛らしい曲だけを歌うだけでなく、そろそろグループの色を出していかなければならなくなった時期です。

彼らがリリースした5枚目のアルバムの収録曲の中に、私が好みのものはほとんどありませんでした。そう感じたのは、そのときとっくに彼らから心が離れていっていたからなのかもしれません。

その辺りから仕事やプライベートでも色々あって、私はとても弱くなっていました。

そんなとき急に飛び込んできた、なんの根拠もない元担のスキャンダル未遂。あまりにも人の道から外れた内容のものでした。混乱、心配、怒り、悲しみ。ただのスキャンダルだったとしたら、私のようなヲタクからそんな感情は湧き上がって来なかったはずです。

「どうして信じてあげられないの?」

家族としてもジャニヲタとしても良き理解者の妹にそう叱られました。信じてあげたかったし、どんな彼でも受け止めて応援し続けたかった。けれど、その頃の私にはそれが出来ませんでした。泣いたって何も解決しないのに、真実なんて私達には永遠にわからないのに。涙が枯れるまで泣いたり、掘り起こして見つけた信憑性のない余計な情報でさらに自分を傷つけたり。自分をボロボロに切りつけたあと、一周回って全てが馬鹿馬鹿しくなり、笑けてしまうほど何もかもがどうでもよくなりました。きっとその日が、プツンと音を立てて何かが切れてしまった日。その日以来、彼を見ることは無くなりました。

一度も生身の彼を目にすること無く、今までもらった沢山の素敵な思い出に”ありがとう”を言えないまま、私は担降りしてしまいました。

後味が良いとはとても言えない終わり方をした第一のジャニヲタ人生でしたが、私は元担のことを嫌いになったわけではありません。つい一ヶ月前、19回目の誕生日に貰った母からの手紙には「もうすぐハタチになるという節目の年に、まさかヤマダを見捨ててしまうとは思いませんでした」などと書いてありましたが、別に見捨ててもいません。心が動かなくなっただけ。彼を応援していた6年間を、無駄な時間だったとも黒歴史だとも思っていません。本当に幸せで素敵な6年間でした。

ルックス、ダンススキル、アイドルらしさ、メンバー達の仲の良さ。どれをとっても一番のHey! Say! JUMPは最高のアイドルグループ。その中でセンターを務め、絶対エースとして名の上がる彼は、誰よりもかっこよくて誰よりも輝いている、私が今までに見た中で一番のアイドルです。

彼はこの先、最強の8人と共に上を目指しながら、さらに輝きを増していきます。もう数ヶ月前まで覗いていた倍率の天体望遠鏡では観測出来ないほど遠いところへ行ってしまうかもしれません。もしかしたら雲に隠れて見えない日もあるかもしれません。でも、ずっと輝き続けているはずです。

もし機会が出来たなら、あのとき言えなかった”ありがとう”を言いに行きたいです。その頃には、とんでもないところでとんでもない規模のコンサートをしていると思います。だってHey! Say! JUMPですもん。あの山田涼介がセンターを務めるHey! Say! JUMPですからね!

奇跡みたいな元担。彼はずっとずっと私の原点です。

ずっとずっと、ありがとう。

 

揺れる灯見つめ願うよ  幸せでいるように

遠くから  心から  想っている

だから君が  辛くなった時は

今までの灯じゃないともしび   君の元へ届けるから

_____夢を願ってね。

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