あの子のことをしゃべりたいの

今日も今日とて メラメラ、ぎゅん

担降りまで数メートル

 「お前は誰かに担降りする、年内に絶対降りる」

家族としてもジャニヲタとしても一番の理解者である妹にそう予言されたのは、私の気持ちが元担から少しずつ離れ始めた頃のことでした。

私はこのとき、妹に何も言っていませんでした。元担への熱が底をつきかけていることも、初めて元担以外の人を見て元担に抱いた感情と同じ感情を抱いたことも。さすが、誰よりも近くで私のことを見ているジャニヲタは違うなぁと思いました。

5年間の山田担生活(夢を願ってね - あの子のことをしゃべりたいの)のうち、最後の約半年間ほどは山田くんと大西流星くんの掛け持ちを名乗り過ごしていました。

流星くんを好きになった動機はミーハーかつ不純なもの。存在を認識してから「この人のことも担当にしたい!」と思うまでには少々の時差がありました。人間界に不時着してしまった天使のような流星くん(当時小6)と、in大阪2015でキャリアも歳も離れたお兄さん達に紛れて”BIG GAME”を踊る流星くん(当時中2)。約1年半の間に生じたギャップに衝撃を受けます。彼は可愛い顔をしたまま、後ろから私を思いっきり沼に蹴落としました。初めて山田くん以外の男性アイドルに目を向けた瞬間。度重なる就職指導と文化祭の準備にフラフラだった私は、まんまと流星くんの成長期マジックにかかります。

担当と名乗りながらも、山田くんに抱いていた感情と流星くんに抱いていた感情は全く違いました。山田くんのことは信用しているし、信用しているからこそ腹立たしいこともありました。上手く言葉に出来ませんが一言でまとめると、私は責任に近い重たいものを背負いながら山田くんを応援していました。

それに対し、流星くんには物凄く無責任。とにかく可愛いの一心で、ストレスフリーに沸き散らかしていました。今思えば、”担当”というよりも”推し”の感覚に近いものだったのかもしれません。

初めて見た少クラがin大阪だったこともあり、関ジュのことはぼんやりとではありますがずっと見ていました。該当担の方々が飛び上がるような大躍進も春が嫌いになりそうな悲しいお別れも、ずっと遠くから見守っていました。7WESTが6人でなくなってしまったときは、無関係なはずなのに本当に悲しかった。

東にしろ西にしろ、Jr.担には絶対ならない・なりたくないと思っていたし、関ジュのことは”ちょっと顔の良いお笑い集団”という認識だったので、流星くんを好きになったときは「人生って何が起こるか本当にわからないなぁ」と他人事のような気持ちでいました。

 

数ヶ月後、何が起こっているのかわからないほど色んな沼を渡り歩いていることも知らずに。